邵可邸から戻ってきた黎深は、予想に反していまにも天に舞い上がりそうなほどご機嫌だった。 (……………不気味だ…………) 紅家本邸に帰ってからというものの、一輪挿しに活けた時鳥草を前に笑み崩れている。 扇で隠された口元からは常に不気味な笑いが漏れ聞こえ、用があるからと室に呼ばれた絳攸は、いやおうもなく粟立つ肌を何とかこらえ立っていた。 「あ…あの……黎深様……?」 「ふふっ……ふふふふふふふ」 「ごっ御用とは…?」 「ふふふふふふ……兄上が私のことをあれほどにも……ふふっ……ふふふふふふ」 いくら呼びかけても返事がない。 戻ってくるのはいつ止むともしれない含み笑いだけである。 (こ…怖い……!) すぐにでもこの不気味な笑いから逃げ出したい。 だが呼びつけられた手前逃げることもできない。 さりとてこれ以上この恐ろしい空気に耐えれそうもない。 差し迫る限界をひしひしと感じ、意を決した絳攸は大声で養父を呼んだ。 「あのっ!黎深様っ!御用というのはなんでしょうかっ!」 「うるさい大声をだすな」 大声というよりも叫んだと表現したほうが相応しい音量が功を奏したのか。 ようやく笑いをとめた黎深がこちらを見た。 わざとらしく耳を押さえ、迷惑そうに顔をしかめている。 だが常ならばこの後に一つや二つくっついてくるはずの文句はなく、すぐさま笑顔(よほど機嫌がいいらしいと絳攸は思った)に戻った黎深は、ようやく呼びつけた理由を思い出したのか。 扇の先を半蔀へ向けあっさりと言った。 「兄上の邸から引き取った花が庭院にある。始末しておくように」 「えっ。私がですか?」 それは家令の仕事なんじゃないだろうか。 思わず問い返した絳攸を、黎深がじろりと横目で睨む。 「なにか問題があるのか?」 「………。いえありません」 この邸の当主は黎深だ。 その家族として育てられてはいるが、家族であっても当主の命に従うのは当然のことである。 余計なことをいってしまったと恥じ入りながら、口を返したことを謝罪した絳攸は退室すべく踵を返す。 扉に手をかけたところで、ふいに呼ばれ足を止めた。 「ちょっと待ちなさい」 「はい?なんでしょう」 振り返ってみれば、黎深はなぜかそっぽを向いている。 こちらへ来いと扇で差し招かれて、素直に近寄った絳攸に向かって、養父は懐から取り出したモノを差し出した。 「これをお前にやろう」 「………。………花、ですか?」 「なんだ。その顔は」 よほど驚いた顔をしていたのか。 心外そうに眉をひそめた養父を見つめ、絳攸は慌てて首を横に振る。 「なんでもありません。その…ちょっと驚いてしまって………」 ありがとうございますと丁寧に花を受け取ると、黎深は満足そうに扇で口元を隠した。 そうして用はそれだけだといわんばかりに一輪挿しに視線を戻す。 寸間黎深の様子を伺っていた絳攸も、用事は済んだのだろうと解釈して一礼すると扉を閉めた。 薄暗い廊下に戻ったところで、渡された花に視線を落とす。 (時鳥草………) 懐にいれていたせいか、全体的にすこしくたびれて見えるが、水切りして活ければまた元気をとりもどすことだろう。 花を見つめているうちに、ふと花言葉が頭に浮かんだが、それはないとすぐさま否定する。 (この花の意味をご存知には見えなかったしな) たくさん余った花を戯れに一輪くれた―――きっとその程度のことに違いない。 だがそれでも素直に嬉しいと思える自分は、よほど黎深を慕っているらしい。 いままでいくつかモノをもらったてきたが、花というのは初めてだ。 なにやら照れくさい思いで苦笑した絳攸は、庭院にある大量の花をどうやって始末しようと考えながら、自室にむかってゆっくりと歩き出した。 ただ一厘の花を渡すために、わざわざ養父が用事を言いつけたことも知らないで―――。 だんだん花言葉から離れてきました。 無駄に続きます。 TOP/ モドル/ ススム |
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