※彩雲国物語絵巻2掲載の「逢引の相手は…」のネタバレを含みます。



その日、百合は手ずから摘み取った薔薇を客間の花瓶に活けていた。
ふんふんふふ〜んと鼻歌を歌ってしまうぐらい、上機嫌である。
パチリパチリと軽快に鋏を動かして、形よく活け終えたところで、扇を片手に黎深がやってきた。

「ふん。随分と上機嫌だな。百合」
「あたりまえだよー。だって今日、絳攸の彼がやってくるんだもん。藍楸瑛くん。どんなコなんだろうって楽しくなっちゃうじゃない。そういう君は不機嫌そうだけど」

にこにこと振り返った百合を、長椅子にふんぞり返った黎深が意地悪そうに横目で見る。

「遊び慣れているようだったと憤慨してたのはどこのどいつだったか」
「それはー…まぁ、そんな風に見えたことも事実だけど。でも絳攸が選んだ相手なんだから、きっと素敵なコに違いないよ。あのチビちゃんの側近なんだろ?黎深は会ったことあるんだよね?」
「当たり前だ」

吏部尚書である黎深と、将軍であり主上の側近である藍楸瑛は、毎朝の朝議でいやおうなく顔をあわせている。 藍家の直系というだけでも気に食わないのに、例の甘味屋の一件でますます小憎たらしい存在となった。
当の藍楸瑛は黎深の絶対零度の視線に気づいているのかいないのか、朝議の場においては表情ひとつ変えることはない。養子である絳攸のほうがむしろ黎深の視線を気にする素振りをみせるのも、気に食わない要因のひとつだ。

「あのバカ王にお似合いの甘ったれの洟垂れ小僧ということは断言できるな」

黎深の評価はさんざんである。

「黎深、君ねぇ…」

つーんと横を向いてしまった夫を眺め、百合は呆れたとばかりに嘆息する。
黎深の藍家嫌いは今に始まったことじゃない。尊敬し敬愛する兄上に関係する事柄であるだけに、今後も変わることはないだろう。そのうえ絳攸にまで手を伸ばされて、黎深が気分を害するのも無理はないのだが。
腰に手を当て黎深を覗き込んだ百合は、ここぞとばかりに念押しをした。

「君も父親だろ?親なら子供の幸せを応援しなきゃ。とにかく!今夜は不機嫌でもなんでもいいから大人しくしててよ。私は明日には紅州に戻らなきゃいけないんだし。今日しか機会はないんだからね」

黎深が当主の仕事を何もしないおかげで、補佐の百合と玖琅は大忙しである。
今回の貴陽滞在も数日と短かった。
次に貴陽本邸にやってくるのはいつになるか分からない。
だからこそこの機会に絳攸の相手をよく知りたいと思っていたのだが。

「わかった。大人しくしてやろうじゃないか。今夜中にたどりつけたらな」
「…。黎深、君、まさか…!」

不適な笑みとともにパチンと扇を開いた夫を穴が開くほど見つめ、百合はわなわなと体を震わせた。まさか。そんな。脳内で同じフレーズがぐるぐると周り、嫌な予感が高波のように襲い掛かる。
がばっと胸倉をつかみ上げ、百合は黎深をがくがくと前後に揺すった。

「ちょっと!絳攸と楸瑛くんに何したの!?正直にいいなさい!………ハッ!もしかして…影を動かしてなにかやらかしたんじゃないだろうね」

影―――すなわち紅家当主絶対服従護衛軍団は、その名のとおり当主の命令には絶対に逆らわない。玖琅も百合も影を動かすことはできるが、命令の優先権はもちろん当主である黎深にある。それはすなわち、彼が一度影を動かしたならば、ほかの誰にも止められないということだ。

「藍家の小僧にこの家の敷居をまたがせるわけがないだろう」
「黎深…」

胸倉をつかんだ百合の手を払いのけ、バッと開いた扇で口元を隠した黎深は、至極当然だとばかりに頷いた。その唯我独尊な表情を見た瞬間、百合の頭の中でなにかがブツンと切れた。

「信じられない!黎深。僕は君を見損なったよ!前々からひどいヤツだとは思ってたけど、まさか婿に来る前から婿いびりをするような見下げた輩とは思わなかった!」
「ふん。なんとでもいえ。それに私はまだあの小僧を婿と認めたわけじゃない」
「そうだけど!それを判断するために今日ここに招待したんだろー!ばかばかばか黎深!もう最低だよ。それでも親なの!?」

床にうずくまって、百合はたまらずうわーんと泣き声をあげた。
絳攸には子供の頃から苦労ばかりさせてきた。なんてったってこの黎深が親なのだ。その苦労といったら並大抵ではない。だからこそ絳攸が見初めた相手ならば、男だろうが少々遊びなれていようがかまわないと思っていたのに!
今夜の招待も、絳攸には相手の人柄を判断するなんていったけれど、百合の内心では二人を祝福する気持ちのほうがずっとずっと大きかったのだ。
相手は藍家の直系、それだけでも並の男じゃないとわかるだけに。

「煩い。泣くな。百合」
「誰が泣かせてるんだよー。ばかー!!」
「私は今夜中に辿りつかなければといったはずだ」
「今夜中…?」

意味深な言葉に引っ掛かりを覚えて涙で濡れた顔をあげると、苦々しく顔をゆがめた黎深と目が合った。

「…ね、それって、今夜中ってたどり着けば二人を認めてあげるってこと?」

黎深の膝に上半身を預けるようにして、下から覗き込む。
不機嫌そうに扇をヒラヒラさせていた黎深は、百合の涙を袖でぐいっとぬぐうと、いかにも仕方ないといった口調で言った。

「それなりにできることは認めてやっても…いい」
「………………それだけ?」
「なにか文句があるのか?」
「…。ううん。べつに。君の心って本当に湯のみよりも狭いなと思っただけ」

なんだと!と眉を吊り上げる黎深を見上げて、百合はにこっと笑う。

「上出来だよ。黎深。君が認めることには変わりないもの。もしかしてわざと障害を作ってあげたの?若い二人のために」

無邪気な問いかけに、黎深は盛大に鼻から息を抜く。

「そんなわけあるか。あの二人を絶対に本邸に辿りつかせないよう、影にはよく言い含めてある」
「………………。君ってやっぱり最低だよ…」

ちょっとでも見直した私がバカだった。
やっぱり黎深は黎深以外の何者でもなかった。
わかってはいたが、思い知らされる度に脱力してしまう。

(それでも…)

黎深の障害はかなり手ごわいだろう。
けれど乗り越えれば必ず明るい未来が開けるはずだ。
あああと黎深の膝に突っ伏しながら、今頃ありとあらゆる邪魔を受けているだろう二人を想い、百合は心の中でエールを送った。

(絳攸。楸瑛くん。私は信じて待ってるからね!)

そもそも二人が何をしに紅家本邸までやってくるのか、根っこの部分から勘違いしていることも気づかずに。





百合に「婿に来る前から婿いびりを〜」の台詞を言わせたくて
ここまでタラタラと書いてきたとか。


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