「へぇー。絳攸と秀麗ちゃんて仲いいんだね」

絳攸が秀麗の学問の師をしていることは知っていたが、こうして並ぶ姿をみるのは始めてだ。 二人の表情にも仕草にも、親しい関係から生み出される自然な空気が漂っている。
秀麗が絳攸の額に手を伸ばしたときはちょっと驚いたが、男女関係を感じさせるようなものはなく、むしろ家族のような雰囲気がほほえましい。

(お互いを信頼してるのが透けてみえるもんね)

それに比べて、と向かいに視線をやった百合は、わざとらしいため息をついた。

「ねー黎深。君さ、扇を握りつぶす気かい?」

まるで瘧にでもかかったかのように、夫はぶるぶると全身を戦慄かせている。
怒りか妬みか嫉妬か、たぶん全部なんだろうなと思いながら手を伸ばした百合は、ひょいと扇を奪った。

「いつまで顔隠してるの。もう二人ともいっちゃったんだからいいでしょ。あーあ、この扇、もう使い物にならないね」

竹細工のそれは、黎深が握っていた部分だけ繊維が破壊されささくれ立っている。
どんだけ馬鹿力なのと呆れていると、俯いて両拳を握り締めていた黎深が地獄の底から響くような声で呻いた。

「二人っきりで差し向かいで食事をしただけでは飽き足らず額に手を当てて熱をはかってもらうだと絳攸めいい度胸をしているしかも菓子を土産に持たせるなんぞ小生意気なことをするとはそうかやつも秀麗が目当てかふんそうはさせるか秀麗可愛い秀麗誰が嫁になんぞやるものか絳攸め戻ってきたら」
「はーい。そこまで」

無理やり閉じた扇でパシンと頭を叩くと、壊れた機械のような呻きがとまった。
なにをするんだと睨みつけてきた黎深を、卓に頬杖をついた百合はめっと睨む。

「それ以上不気味な空気を撒き散らさないの。皆の迷惑でしょ」

気がつくと、二人の周りの客がこちらをひそひそと伺っていた。
中には可哀想なものでも見るように遠巻きにしている客もいる。
これ以上長居をすると、食事を楽しむ人たちの迷惑になるのは間違いない。
周囲に愛想笑いを振りまきながら立ち上がった百合は、抜け殻のようになった黎深を引きずって酒楼を後にした。

「なんだか見てるだけにおわっちゃったね」

酒を飲んで菜を摘んで絳攸と秀麗の様子を観察して。
結局酒楼を愉しんだだけだった気がするが、秀麗に正体を告げる当初の目的はどうなったのだろうか。
あわよくばそのまま秀麗と食事をと目論でいただろう黎深も、絳攸に嫉妬の視線を投げつけるだけで、なにひとつ行動にでれなかった。
帰りの軒の中で話しかけてみても「妬ましい羨ましい憎たらしい」だとか「私の仕事を全部押し付けてやる」だとか、呪いの言葉を吐くのに忙しい夫からの返事はない。

(………まぁいっか)

目的は何一つ達成していないが、何だか楽しい夜だったと思う。
酒楼で食事なんて久しぶりだったし、しかも黎深と二人きりでなんて滅多にあることじゃない。 貴重な機会を与えてくれた絳攸と秀麗にはお礼を言いたい気分だ。

「ねえ黎深。また一緒にご飯を食べにいこうね」

片や朝廷、片や紅家本家と、いつも離れ離れな二人だが、だからこそ一緒のときを大事にしたい。

「………」

ちょっと甘えた気持ちで振り返った百合は、直後目にした光景におもわず脱力した。
膝を抱えて床の一転を見つめながらブツブツ独り言をいう夫の姿は、どこからどうみてもちょっとイっちゃってるヒトである。 独り言の合間に、よほどいい報復(言いがかりであると絳攸は主張するだろう)を思いついたのか、にやりと薄い口元を持ち上げる。

(………なんでこんな変な人と結婚しちゃったかな)

まったくもって後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
選択する暇も与えてもらえなかったのは事実だが、それでも反故にする機会はあったはずである。 過去の自分の決定の正否に、百合は首を傾げたくなった。

「ふふふ目にもの見せてくれるわ絳攸め」
「……こんな事いっても無駄かもしれないけど、あんまり酷いことしないでね。君が選んだことなんだし」
「私の秀麗に手を出す者はたとえ息子でも許さん!」

かわいい息子のために牽制しても、息巻く黎深は百合の話など聞いちゃいない。
凶悪そのものの笑みで一人の世界を彷徨っている夫をしみじみと眺めながら、百合はぽつりとつぶやいた。

「あのさぁ………偏愛と変態って似てるよね」

音の響きもさることながら、どちらもちょっと常軌を逸しているところも共通してる。
偏愛で変態。そして自分はその妻。まったくもって泣けてくる。
しかしなによりも泣けてしまうのは、そんな黎深から離れようと思わない自分自身だ。

(結局好きってことなのかな〜?)

偏愛で変態だけど。
ついでに我侭で自己中で尊大で幼稚で冷酷だけども。
首を傾げたくなる要素がありすぎて素直に認められないけれど、やっぱりそんな黎深がいいのだろうか。

(だとしたら僕もそうとう物好きだよね…)

黎深のことは笑えない。
偏愛で変態の夫と、もの好きな妻。どっこいどっこいのいい勝負である。

(割れ鍋に綴じ蓋って、もしかすると僕達のことだったりして)

昔の人はうまいこといったものだ。
飽きもせずに呪いの言葉を吐き続ける夫を眺めながら、思わず苦笑してしまった今夜の百合だった。




おしまい!
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モドル/ オマケ



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