寝所に入ってきた黎深の一言に、不貞寝をしていた百合は勢いよく飛び起きた。 「本当に!?ねぇ、会ってもいい?」 「それはいいが、死んだように寝てるぞ」 寝てるというよりも、黎深のトドメの一言で、むしろ気絶したといったほうがいいかもしれない。 意識を手放した若者を、黎深はそのまま床に転がしてきた。 夫の口から二人の状態と現状を聞きだした百合は仰天し、頭から湯気が出そうなくらい怒った。 「なんでそんな状態になるまで追い詰めたのさ!それに倒れた二人を床に転がしてきたって、それでも君、人間かい?あーもう!信じられない!今日、楸瑛くんは家に泊めるからね!それぐらいいいだろ」 ぎゃぁぎゃぁ喚くだけ喚いて早速家令を呼ぶと、二人を室に運ぶように指示を出し、自分もいそいそと寝所をでていく。 いい加減黎深が痺れを切らしかけた頃に戻ってきた百合は、久々に絳攸の寝顔をみたよとほっこりと笑った。 「随分疲れた顔してさぁ。しかも目の周りに泥までつけちゃって。まるでパンダみたいだったよ。よっぽど黎深の邪魔が厳しかったんだろうね。楸瑛くんも動かしてもぜんぜん目を覚まさなくって。あれ、寝てるって言うか気絶してるんじゃないの?」 百合の観察眼は正しい。 そ知らぬ顔で扇を仰いでいると、隣に腰掛けた百合はにまにまと笑いながら黎深の肩に頭を預けた。 「楸瑛くん、けっこういい顔してたね。造作じゃなく。さすが藍家の子息だね。それに君の妨害を潜り抜けてちゃんとこの家にたどり着くなんて。見込みあるじゃない」 「刻限には間に合わなかったがな」 「それは黎深が一方的に決めた時間でしょ。真夜中過ぎたところで影に手を引かしたわけじゃないみたいだし。ちゃんと絳攸をつれてここに着いたってことを、もっと褒めてあげるべきだと思うけど」 褒めるどころか奈落の底に叩き落したことを、百合は知らない。 「なんだか嬉しくなっちゃった。絳攸、いいコを選んだね」 うふふと嬉しそうに笑う百合を横目に眺めながら、黎深は胸の中だけで呟いた。 (それはまったくの誤解だがな) まだ気づかないのかコイツはと、幸せそうな百合の長い髪を指先でいじくる。 自分が説明してもいいが、それでは面白くない気がするあたりが、黎深を指して意地が悪いといわれる所以かもしれない。 いっそこのままどこまで誤解が続くのか見ているのもいいだろうと思ったとき、ひょいと頭を動かした百合が、掬い上げるように黎深を見あげた。 「ね、黎深。今度私が帰ってきたときは、絶対に楸瑛くんに会わせてね。絳攸のお母さんだって、今度こそ自己紹介したいから」 その日を思い描いて、百合はうきうきと目を輝かせている。 土台からして誤解なのだから、百合が思っているようにうまくことが運ぶとは思えない。しかし今回は、あの洟垂れ小僧の努力に免じて、少々譲ってやってもいいかもしれない。 「ね、黎深。絶対だからね」 約束だと繰り返す百合に生返事を返しながら、黎深はパタパタと扇をあおった。 その時は、今回よりも少しだけ手加減するように影に言ってやろうと思いながら。 |
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