※彩雲国物語絵巻2掲載の「逢引の相手は…」のネタバレを含みます。



室に入るなり目に飛び込んできた光景に、絳攸の残り少なかった体力は一気に底をついた。

「黎深!女の子と逢引だと思って代筆引き受けてこっそり覗きに行ったら、絳攸、男のコと餡蜜たべてたんだよ!君、知ってたの!?潔癖だと思ってたらそういう趣味に走ってたなんて!」

長椅子に座った黎深を、百合がぽかぽかと殴っている。
涙ながらの抗議から、今日の逢引をよりによって一番見られたくない人に見られたことを知った絳攸は、一度甘味屋で灰になった際に、あのまま消えてしまっていたらどんなによかったのにと、心の底から思った。

「なんの話だ?だいたい、そういうことは本人に聞くものだろう」

至極迷惑そうに取り乱した百合をあしらっていた黎深が、入り口に向かって扇を振る。
ぎょっと振り返った百合に向かって、絳攸は簡単な礼をとった。

「あの…ただいま戻りました…」
「お…おかえり。絳攸。早かったのね」

にっこり笑った笑顔は、ぎこちなく引きつっている。

「外出して疲れたでしょう?お、お茶でも淹れましょうか」

おちつかない素振りを隠すように、百合が茶卓に歩み寄る。
その背中に向かって、絳攸は思い切って声をかけた。

「あのっ…今日の甘味屋のことで、百合さんにお話したいことが…」
「えっ!!!!!」

そんないきなり!まだ心の準備が!!
動揺のあまり、百合の手からすべり落ちた金属製の茶壷のふたが、カララ〜ンクワワ〜〜ンと間抜けな音を室に響かせる。
どっどっどっと高鳴る胸を押さえて振り返った百合は、茶壷を両手に握り締めたまま、ギクシャクと黎深の隣に腰を下ろした。

「なにをぼさっと突っ立ってるんだ。お前は。立ったまま話す気なのか」

長椅子にふんぞり返って様子を眺めていた黎深が、扇で正面の椅子を指し示す。
そんな夫の様子を見ながら、どうでもよさそうな素振りをみせていたのに、やっぱり子供のことには関心があるらしいと、百合は妙に感心した。
絳攸が腰を落ち着けたと同時に、黎深が口を開く。

「それで。お前が今日会っていた男とは誰だ」
「っ!黎深!いきなりそんな質問しちゃだめだよ!」

恋愛関係の問題はデリケートなのである。一応自分たちも親なのだし、説明がほしいとは思うが、絳攸にも事情というものがあるだろう。ましてや男同士の恋愛ともなれば、段階を踏んでじっくりと、ついでに心の準備もしながらでなければ、話すほうも受け入れるほうも負担が大きい。

「絳攸。黎深の言うことは聞かなくてもいいからね。それで、彼とはどこで知り合ったの?」
「あの、百合さん。今日の逢瀬には理由があって…」
「わかってるわ。絳攸。その…男同士だし、世間をはばかる事情もあるわよね」

ちっともわかってない!
絳攸は頭をかかえて叫びたくなった。

「ちがうんです!今日のアレはだまされて…」
「だまされた!?あの男のコに!?…そういえばあのコ、ナンパそうな顔つきをしてたかも…。絳攸、潔癖に生きてきたからこういったことにあんまり経験なさそうだし…」

茶筒を握り締めて憤慨した百合は、衝立に隠れ盗み見た絳攸の恋人(と思われる男)を思い出した。

「豪華な花なんてもってきちゃって。うん、確かに遊びなれてるって感じがしたわ」
「お前だって鳳珠に椿をもらって喜んでいただろう」
「それは…!だってあんなふうに女の子扱いされたことなかったんだもん。誰かさんのそばにいたせいで!それにあの上等な衣。あれはかなりいいところのお坊ちゃんだよ。…うん?ちょっと待って?あの衣の基本色って、そういえば準禁色の…」

彩七家にしか許されない色。
そしてその色は…。

「藍…」
「藍楸瑛か」

パチンと黎深の扇が鳴った。いまいましそうに眉をひそめて絳攸をにらむ。

「あの男が恋人だと?お前の頭は正気か」
「正気です!!それに恋人というのがそもそも誤解なんです!!」

ここぞとばかりに主張した絳攸の手を、茶筒のかわりに百合がそっと握り締める。

「いいのよ絳攸。私たちだけには本当のことをいっても。そりゃびっくりしたけど、恋愛は人それぞれだし」
「っ!!」

だ〜か〜ら〜ぁ〜〜〜〜!!!!と叫びたくなる気持ちを、絳攸はかろうじてこらえた。
大好きな百合に向かって大きな声をあげることなとできない。
けれど現状では、誤解を解きたくても肝心の弁明すらさせてもらえない。
そういえば昔から自分と百合さんの間には意思の行き違いが多かった。黎深と結婚するまでのもどかしいいきさつを思い出し、絳攸は唇を噛む。

(百合さんは思い込んだらの人だからな…こんな調子で本当に誤解が解けるんだろうか…)

一抹の不安が胸に広がったが、いいやと首を振って後ろ向きな考えを振り捨てる。
ここで諦めてはだめだ。
百合さんの誤解だけは、なんとしても解いておきたい。
がんばれ李絳攸。がんばれ朝廷随一の才人。がんばれ鉄壁の理性!!
どう説明すれば理解してもらえるのだろうかと、16才で国試に状元及第を果たした頭脳をフル回転させていると、握り締めた手にわずかに力をこめた百合が、もじもじと口を開いた。

「それで、絳攸…あの…その………………あのコとはもうしちゃったの?」
「…!?ななななななにを…!!!」
「そんなに真っ赤になちゃって!どうしようれいしん〜。この反応だとやっぱりしちゃってるよ〜!絳攸の貞操が〜!!!」
「百合…さっき私に言ったことをもう忘れたのか。お前こそいきなりそんな核心をつく質問をするな」
「だって黎深!私さ〜。絳攸が奥さんもらって子供ができてっていう未来、ちょっと楽しみにしてたんだよ?おばあちゃんて呼ばれるのは複雑だけど、絳攸の子供なら絶対可愛いだろうし。なのに恋人が男だなんて、ショックで…」
「そうなっても私のことはおじいちゃんとは絶対に呼ばせんぞ。まぁ、お前の言うこともわかる。男を経験すると抜けられなくなるともいうからな」
「そんなぁ!じゃあもう絶望的じゃない!」
「〜〜〜っ!!いいかげんにしてください!俺が楸瑛とだなんて、怖気がはしります!!」

おいおいとすがり付いてきた百合を煩そうにあやしながら、黎深がパラリと扇をひろげる。

「煩い。大きな声を出すな。それにしても…そうか。すでに経験済みか…」

扇に半分隠された黎深の、なにやら思案げな様子に、絳攸の背中をつめたい汗が伝った。 嫌な予感がする。断然嫌な予感だ。

「れ、黎深さま!百合さん!いいから俺の話を聞いてください!」

こうなったら事実だけをありのままに伝えればいい。うまい説明など知ったものか。
楸瑛が巷で流行の菓子を持ってきたところから始まって、なぜか菓子が紛失し、疑いをかけてきた楸瑛と喧嘩になったこと。そうしたら百合から文が送られてきて、逢引の場所に行けば楸瑛がいて、しかも場所が恋人専用の特等席で、でもそんなことを知らなかった自分は、気まずく思いながらも立ち去りにくく、差し向かいで餡蜜をたべたこと。

「それだけで、ほかに何の含みも裏もありません!!」

きっぱりいいきった絳攸を見上げ、涙をひっこめた百合が首をかしげた。

「でも相手のコ、ずいぶんとおめかししてたよ。花までもって。あれこそ逢引の正しい姿だと思うけど。しかも彼は恋人専用席だって知ってたんでしょ?」
「そ、それは…楸瑛も、きっと誰かに呼び出されたんです」
「誰に?」
「誰って…」

文が来た、とはいっていたが、誰からとは最後まで教えてくれなかった。
あの楸瑛いがあそこまでめかしこんで気合を入れてくる相手だ。
それ相応の女人なのだろうとは思うが、誰かは知らない。
言葉につまった絳攸を、百合は思慮深い目でみつめた。

「絳攸も知らないんだ。だったら彼の話が嘘か本当かもわからないね。もしかしたら、本当に絳攸を待っていたのかもしれないよ」
「そんなはずはありません!」

それだけは断言できる。
あの女好きの常春男に限ってそれだけは!!

「黎深、相手のコが本気だったらどうしようか。楸瑛くんだっけ?」
「ああ。藍家の四男だ。あの三馬鹿の弟と思うだけでいまいましい」

開いた扇をパタパタと仰ぎながら、黎深はチッと舌打ちをする。
敬愛し尊敬する兄上までならず、弟を使って私の養い子にまで手を出そうとは、いけずうずうしいにもほどがある。

「場合によっては藍家を叩きつぶす」
「バカなこといってんじゃないよ。黎深。そんなことしたらこの国が沈んじゃうじゃないか」

めっと夫をいましめて、ふうんと腕組みした百合は細い顎を指でつまむ。

「四男か…本家筋とはいえ、四男ならいけるかも。相手が紅家なら文句をいう輩もいないだろうし…」

でも男同士という問題があったかーとコメカミを指でもんでいる百合に、黎深が釘をさす。

「藍家にはやらんぞ」
「わかってる。私もそんなつもりはない。だって絳攸可愛いし。手放したくないもん」
「あ、あの…黎深様?百合さん?」

なにか恐ろしい相談が進んでいる気がするのは気のせいだろうか?
相手は紅家当主、およびその妻兼有能な補佐だ。
彼らが決定したことは、紅家一族の総意となる。
たとえ絳攸が嫌だといったところで、彼らの決定権を覆せるものはいない。

「よしきめた!」

ポンとひざを手で打って、考え込んでいた百合がにこやかに顔をあげる。
その晴れ晴れとした顔を見た絳攸の、嫌な予感メーターは最大値を振り切った。

「絳攸」
「っ!はい!」

いままでとはうってかわった真面目な声で名前を呼ばれ、思わず背中が伸びる。
よい返事をしたわが子にむかって、百合は拒否権のない提案をにこやかに告げた。

「藍楸瑛くんを一度ここにつれてきて。直接会ってみて、どんなコか見たいから。もし絳攸のお婿さんにぴったりだと判断したら、紅家の総力をあげて藍家からもぎとってあげるからね。約束よ?」

大好きな大好きな笑顔とともに、小指が差し出される。
それは幼いころから約束のたびに百合とかわしてきた他愛ない仕草。
しかしいまこのときほど、その仕草を凶悪に感じた瞬間はなかった。
この指を取るか否かで今後の人生が分かれるのは目に見えている。

(どうしよう…)

助けを求めて黎深をふりかえると、扇の向こうの目はあからさまに笑っている。

(黎深様、愉しんでる!?)

鬼!悪魔!!鬼畜!!!
心のそこでいくら叫んでみても、人畜非道な養い親に届くはずもなく。
絶対に拒否権のない約束を前に、絳攸は頭をかかえて室を転がりまわりたい衝動に駆られた。




「逢瀬の相手は…」を読んだ瞬間に思いついたネタ。
被ってたらすいません。
無駄に続きます。


モドル/ ススム



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