このお話は 楸絳 です




貴陽紅家本邸には恐ろしい呪いがかけられている―――

「冗談じゃないぞ。本当の話だ。実際に俺は体験したんだ!」
「はいはい。妖怪タヌタヌの呪いね」
「楸瑛、お前、俺の話を嘘だと思っているだろう」

いかにも適当な返事をすると、拳を固めて熱弁をふるっていた絳攸が、目を細めてじろりと睨んできた。
眉間にぎゅっと皺を寄せ、唇を真一文字に結んでいる。
とげとげしい視線を肩を竦めてやりすごし、形のいい唇に苦笑を浮かべた楸瑛は、「だってねぇ」と片手を振った。

「妖怪だの呪いだのって言われても、私には素直に受け入れることはできないよ。私はこの目で見たものしか信じないし、そもそもそんなものが存在するかすら怪しいものだ」
「だから紅邸にかかっている呪いこそが、その証拠だろう!」
「証拠って……」

ほおを紅潮させて言い募る絳攸を呆れたように眺めて、額を押さえた楸瑛は息を吐く。 いつもは現実一辺倒な彼なのに、どうしてこの話題になるとこうも頑なになるのだろうか。

「お前は体験していないからそんなことが言えるんだ!」

やれやれと言いたげな楸瑛を睨みつけ、寒気が走ったのが、絳攸は両腕で身体を抱くようにして身を震わせた。

「あれは本当に恐ろしい体験だった…」
「絳攸」
「忘れもしない、初めてタヌタヌの呪いに遭遇したのは紅邸に引き取られて少しした頃の話だ。あの日、百合さんがいつになくおめかしして外出しようとしていた。誰かと逢引の予定があったらしい。俺は黎深様のためにその後を追おうとして―――」

また始まった。この話を聞かされるのはこれで何度目だろう。
おかげでいまではすっかり内容を覚えてしまっている。
当時を思い出しているのか、遠い目をして語り始めた絳攸を、楸瑛はしみじみと眺めた。

(本人は真剣なんだけどね…)

絳攸はさも恐怖の体験らしく語っているが、楸瑛にしてみれば、まだ婚前だった紅尚書と奥方の中を取り持とうとした幼い絳攸が、紅邸で一日中迷子になっていたという微笑ましい話にしか聞こえない。
いまの彼の方向音痴ぶりから考えてみても、それはけして呪いなどではなく方向感覚のなさが引き起こした小さな事件といったところだろう。

「歩いても歩いても邸から出られないんだ。庭院にすらだぞ!行けども行けども廊下が続いてるんだ。外にでるはずの扉を開いても、そこには部屋が繋がっている。分かるか?この恐ろしさが!」
「うんうん、それは怖いね」
「馬鹿!怖いなんてもんじゃないぞ!俺はあの日、身体の芯から震撼したんだ…そして思い知った。―――タヌタヌの呪いは本物だったんだと!」

熱が入りすぎているのか、楸瑛の適当な返事にも気づかずに絳攸は恐怖体験を語り続けている。
身振り手振りを交えた思い出話を右から左に聞き流しながら、頬杖をついた楸瑛はこっそりと頬を緩めた。

(やっぱり私には妖怪だの呪いだのは信じられないんだけどねぇ…)

この目で見たものしか信じない。
そんな楸瑛にとって、いまだにタヌタヌの呪いを信じている絳攸の姿は滑稽だ。

(でも、ま、可愛いから、いいか)

反面、純粋さを失わない心がまた愛しくもある。

「―――それで俺は思ったんだ。黎深様はタヌタヌを退けたが、やつはまだ紅邸のどこかに潜んでいて……おい、聞いているのか、楸瑛」
「ああ、もちろん聞いているよ」
「そうか。そうそう、それで黎深様の高飛車攻撃だが、これをもう一度繰り出せば、今度こそタヌタヌを完全に退けられると思うんだが―――」

話の内容が、いつのまにか恐怖体験から妖怪退治に移行してしまっている。
これはまだまだ長くなりそうだ。

終わった頃にはきっと喉がカラカラになっていることだろう。
その時は美味しいお茶を淹れてあげようと思いながら、楸瑛は絳攸の語る突飛な妖怪退治計画に耳を傾けた。




***


聞きたくないお題5

1.怖い話をしようか
2.だいたいお前は昔から
3.今まで隠してたんだけど
4.言い訳は
5.好きな人ができたんだ

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(2010/02/11)


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