このお話は 楸絳 です




「なんでお前までついて来るんだ…」
「えっ?私もご相伴しようかと思って」

じろりと睨みつけてやると、その男はにこにこと邪気のない顔で笑った。
場所は藍邸。酒宴の席で、うっかり酒をこぼしたついでに風呂を勧められた絳攸である。
衣の汚れは着替えを借りれば済む程度のささいなものだったが、そもそも泊まる気できたのだし、それもいいだろうと素直に湯殿に向かったまではよかった。
しかしなぜかついてくるのだ。
楸瑛が。

「俺は男と一緒に風呂にはいる趣味はないっ!」
「またまた。君も私も主上と一緒に温泉に入った仲じゃないか。なにをいまさら恥ずかしがってるのかな。それに藍家の風呂は広いからね。二人で入っても余裕だよ」
「誰が風呂の広さを心配した。俺はお前と一緒が嫌だといってるんだっ!」
「おや。もしかして警戒しているの?それなら大丈夫。風呂では何もしないよ」
「………風呂では?」
「そう。風呂では」

とっても含みのある言葉である。
わざわざ断りをいれるということは、風呂以外ならする気があるということだ。
それもたぶん。風呂で我慢した分も含めて。

「……用事を思い出した。今日はこれで失礼する」

楸瑛は始終にこにこしている。
その上機嫌な笑顔が、不吉な予感を確信させる。
頬を引きつらせた絳攸は、肉食動物を前にした草食動物のようにじりじりと後ずさりすると、踵を返して一気に走り去った。
しかしその逃亡計画は、直後、光の早さで伸びてきた手にあっさりと潰された。

「さ、湯殿に到着したことだし、早くその汚れた衣を脱いでしまおう」
「はっ離せっ!!俺は帰るっ!帰るんだーーーーーーーっ!!!!!」
「そんなに照れちゃって。ほんとうに可愛らしい人だね。大丈夫。私が隅まで磨いてあげるから」

その夜。
腰を抱きこまれ、ずるずると湯殿へ引きずられていく絳攸の悲鳴が藍邸に木霊したそうな。




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(2010/02/11)


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