このお話は 黎百 です




落ち葉がはらりはらりと舞う頃。
人恋しくなるのは何故だろう。

***

「あー。終わったー」

両手を突き上げて、ううーんと伸びをする。
ここ数日、室に篭り机案に向かいっぱなしだったおかげで肩がガチガチだ。
親父くさく片手で肩を揉み解しながら、やれやれと息をつく。

「これでほぼ急ぎの懸案は片付いたけど、そろそろ蜜柑の収穫が本格化する時期だし…産地から報告があがってくるのももうすぐだね」

紅州は彩雲国で最大の蜜柑の産地だ。
温暖な気候を生かし生産された小粒で甘い蜜柑は、最高級品として王宮にも献上される。 早生品種はすでに収穫期を向かえ、各地にむけて出荷されており、百合も献上された初物を口にしたが今年のできばえはまずまずといったところだ。
これから収穫期を迎える品種は蜜を凝縮したような甘みが特徴だが、まだ酸味の強い早生は若さのなかにも芳醇な香りと味わいを有していて、青臭さの残ったちょっとすっぱい蜜柑が百合は好きだった。

「貴陽にもそろそろ届いたかなぁ」

今年最初の収穫を詰め込んだ木箱を送ったのは少し前。
遠く離れた家族を思いながら視線を移せば、半蔀からみえる木々はすでに色づき始めている。夫と息子に最後に会ったのは夏の盛りのころだから、もう随分と顔を見ていない。 二人は元気だろうかと瞳を細めたとき、風にふかれた一枚がはらりと落ちた。

***

「奥方様。お手紙が届いております」

入室を断る声がして振り返れば、年老いた家令が漆の文箱を差し出していた。
礼をいって受け取ったそれは、紅家当主が使用するに相応しい深く艶やかな紅色をしている。 几帳面に結ばれた紐を解き、収められた文に目を走らせた途端頬が緩んだ。

「ちゃんと受けとったみたいだね」

薄茶の高級な料紙には、墨痕も鮮やかに見慣れた手の文字が並んでいる。

『次の蜜柑が届くまでに帰って来い』

感謝も感想も愛想もない。
こちらの都合も感情も関係ない。
要求だけの簡潔な一文が黎深らしくて笑ってしまう。
どうやら元気でやっているらしい。
無論、あの傍若無人が不調なところなど想像できないのだけど、思っているだけとこうしてきちんと知らせてくれるのでは安心感が違う。

(そう考えると黎深て結構親切なのかな?)

意外に筆まめだったりする夫を思いながら手近にあった料紙にさらさらと返事を書く。
ふと思いついて露台から庭院に折り、美しく色づいた葉を一枚拾い上げると、百合は黎深専用の文箱に文と葉を収めて家令を呼んだ。

貴陽本邸に奥方が帰ってきたのは、数日後のお話。




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(2008/11/5)


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