闇の中、ふうわりふわりと光が舞う。 「へえ…すごいな。もうそんな季節か」 乱舞する黄色い光のほかに、光源は足元においた小さな小さな手燭のみ。 隣からポツリと呟く声がしたけれど、その横顔はのしかかるような闇にまぎれてよく分からない。 手探りで見つけ出した手を握り締めると、応えるようにきゅっと握り返された。 「本当に美しいね…そしてとても心惹かれる光だ。こんなにも儚く愛しく思えるのは、彼らが恋に身を焦がしているからかもしれないね」 「お前らしい想像だな。確かに蛍の命は短いが……もっと他に例えようはないのか」 「あれ、駄目かな。なかなか情緒的だと思うんだけど」 ふーと軽く息をはく気配に、見えないだろうと思いつつも肩を竦めてみせる。 手を引いて歩き出すと、草の合間に隠れていた蛍たちが一斉に飛び立っていく。 周囲をふわふわと舞う光に包まれながら、楸瑛はそうだなぁと唇に指を当てた。 「それじゃあ、君の例えを聞かせてくれないか」 「俺の?」 「うん、君がこの光景を見て思うことを知りたいんだ」 いいだろう? と振りかえれば、闇に慣れてきた目がぼんやりと表情を捉える。 一寸、戸惑った顔をしていた絳攸は、ふと頭上を見上げると、何かを求めるように右手を伸ばした。 「……星かな」 「星?」 「そうだ、地上に降りてきた星みたいだ」 ちかちかと瞬いて柔らかな光で二人を包む。 月ほど明るくはないけれど、儚く淡いその光はとても優しい。 すーっと目の前を横切った光を目で追っていた彼は、楸瑛の視線に気づくと、はっとしたように目を瞬いた。 「―――って、なんかすごく恥ずかしいことを言ったか?もしかして……」 「いや、君らしくていいと思うよ」 「……だったらなんで笑ってるんだ!」 「ごめんごめん、笑ってないよ」 ほほえましいと思っただけ―――なんて本音は胸だけにしまっておいて、もういい帰る!と踵を返した腕を引きとめる。 「もう少し一緒に歩いてくれないか」 つかの間、地上に降りてきた星たち。 短い寿命を燃やし尽くした後は、再び天へと帰っていく。 この貴重な時間を、いま少し二人で楽しんでいたい。 「せっかくいまだけの光景なんだから」 「……少しだけだぞ」 「ありがとう」 ね、と微笑みかけると、ぶすっとした顔ながらも足を止めた絳攸は、今度は先に立って歩き始めた。 先ほどとは反対に手を引かれながら、ふうわりふわりと舞う光を振り仰ぐ。 ぱっと消えたかとおもったら、明るく灯って。 命の灯りはとても美しく幻想的だ。 「また来年も見に来たいね」 この幸せな光景を。 地上に降りた星たちの世界を。 詠うような誘いに返事はなかったが、繋いだ手にはぎゅっと力が込められた。 *** 実家の蛍が綺麗だったので。 どうも自分の書くものは「来年も〜」と未来に期待する話が多い気がします。 たぶん、それが幸せなイメージに繋がるからなんだろうなと思ったり。 <2010/06/29> |
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