ピンと張り詰めたシーツ。
ピシッと完璧に整えられたベッドを見下ろして、楸瑛は満足気に頷いた。
「よし」


上機嫌に名前を呼ぶと、リビングでノートパソコンを開いていた絳攸が振り返った。
「もうそろそろ休まないか」
日付は既に昨日から今日へと変わっている。
キッチンとリビングを仕切るカウンターに置いた小さな時計を指差してみせると、つられて視線を移した絳攸は、ため息のような返事を零した。
「もうこんな時間か…」
独り言のように呟いて、太縁の眼鏡を額に押し上げる。
ぎゅっと眉間を摘む仕草には疲労が滲みでており、一度名残惜しげに画面に視線を向けた彼は、しかし諦めたようにパタンと蓋を閉じた。
ついでに外した眼鏡をその上に置く。
一連の動作を見守って、よかった、と微笑むと、訝しげな視線を向けられた。
「なにが」
「うん、ちょっとね。君に見せたいものがあるんだよ」
「見せたいもの…?」
そう、と扉を開いて待っている楸瑛の前をのそのそと通り過ぎ、絳攸は促されるままに寝室へと向かう。
部屋に入ったところで、寝巻きの上に羽織っていた上着をかったるそうに脱ぎ捨てた彼は、そのままフラフラと導かれるようにしてベッドに倒れこんだ。
ボスンと重たいものがスプリングに跳ね返る音が、灯りを落とした室内に響く。
と同時に、遅れてやってきた楸瑛の口から飛び出した悲鳴が、何倍もの大きさで絳攸の鼓膜を貫いた。
「ああ〜っ!」
「な、なんだっ!?」
突然の大声にゆったりとリズムを刻んでいた鼓動が一気に跳ね上がる。
驚きのままに飛び起きて入り口を振り返れば、楸瑛がショックを受けた顔でこちらを見ている。
悲しげにすら見えるその表情に、ワケが分からず呆然としていると、がっくりと肩を落とした彼は長く太い息をついた。
「せっかく完璧に整えられたのに…」
「完璧にって…」
「ベッド」
じとっとした目で見つめられて、自然と視線が下を向く。
当たり前だが、絳攸が倒れこんだ場所はベッドの上だ。
そう、ピシッとシーツの敷かれた―――。
もう一度長く太い息をついた彼は、後手に扉を締めると、いかにも残念そうな口ぶりで説明をした。
「今日は綺麗にベッドメイクが出来たからね。コインが跳ね返るところを絳攸に見てもらおうと思ったんだよ」
ベッドの脇に立ち、これ、とかざして見せる楸瑛の手には銀色の通貨が光っている。
「………」
そのコインと、拗ねた子供のような顔の楸瑛と、そして体の下でくしゃけたシーツと。
順に視線を移したところで、どっと脱力した絳攸は、力尽きたようにベッドに倒れこんだ。
「何事かと思えば…」
完璧に整えたベットではコインが跳ね返る。それは知っている。しかし―――そんなことだったのか。
思わずこぼれた本音を聞きとがめたのだろう。降り注ぐ声には明らかな不満が混じった。
「あ、そんな言い方はないだろう」
絳攸自身の重みで揺れるスプリングに新たな重みが加わって、二重の揺れが波紋のように広がっていく。
不機嫌そうなその声に向かって、すまん、と謝った絳攸は、寝返りをうつと仰向けに転がった。
「お前がいきなり大声を出すから驚いたんだ。だいたい、そういうことは最初に言ってくれ」
そう。絳攸だって、はじめから事情を知っていたなら、いきなりベッドにダイブすることはなかったのだ。
見上げてみれば、案の定、ベッドに腰を下ろした彼の、憮然とした顔がこちらを見下ろしている。
俺もコインの跳ねるところが見たかった、と付け足すと、ようやく注がれる視線に柔らかさが混じった。
「たしかにそこはちょっと失敗だったかな。驚かせたかったから黙っていたんだけど」
それがよくなかったみたいだね―――なんて呟きながら、コインを指の間で遊ばせる。
この家に越してきて以降、ベッドを整えるのは楸瑛の役目だ。
まったく家事ができないながらも手伝いを申し出た彼に、この仕事を任せることにしたのは絳攸自身であり、以来、教えたとおりに、楸瑛は意外な器用さを発揮して毎日美しく寝台を整えてくれている。
疲れた体を気持ちよく休められるのも彼のおかげだ。
感謝も含めてもう一度、すまなかったと呟くと、うん、と頷いた楸瑛は、大きな掌を絳攸の髪に遊ばせた。
「まあいいさ。また機会はあるだろうし」
きみがそっけないからちょっと意地悪を言ってみたかったんだよ。笑った男の顔からは、すでに不満は綺麗に消えている。
そのことにほっとしたところで、一旦去った眠気が再び頭をもたげ、もうねむい、と目を閉じるとポンポンと腕を叩かれた。
「絳攸、風邪を引くよ」
パチと小さな音は、コインをサイドボードに置いた音か。
枕元を照らしていた灯りがいっそう絞られて、瞼の奥に暗闇が広がっていく。
促さるままにのそのそとベッドにもぐりこめば、すぐ隣に温かい体が滑り込んできて、当たり前のように背中に腕が回された。
「おやすみ」
「…」
まとわりつく眠気の中で、絳攸からも挨拶を返したが、頷いた声は果たして相手に届いたかどうか。
枕に頭を預けた途端、落下するように落ちていく意識の中で、ただ傍に感じる体だけが温かかった。

同棲お題20「02.二人寝」
ベッドにコインが跳ね返る元ネタは「Natural」から。
パクリじゃないですよ、オマージュです(笑)
あの二人がとても好きでした。
幸せになってくれているといいなぁ。

(2011/01/18 収納)



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