朝、起床時間を過ぎてもベッドから出ようとしない絳攸に声をかけると、枕に顔を押しつけたまま眠たげな返事が戻ってきた。 「きょうは有給をとったからやすみだ…」 「ああ、あれ、今日だったんだ」 そういや数日前にそんな話を聞いた気がする。 超過勤務が問題沙汰にされる昨今、彼の会社でも月に一度の有給申請が推奨されて久しい。 就業時間が規制される一方で、仕事量は以前と変わらず、それどころか減る見込みもない。 その上で有給まで消化しろというのだから実際は無茶な話なのだが、しかし社の方針とあれば従うのが社員の務め。 というわけで本日の絳攸は「取らされた」休みを満喫する予定のようだ。 「そっか。それじゃゆっくり休んでおいで」 久々の休みだ。朝寝坊もしたいことだろう。 羽根布団から覗いた寝癖だらけの頭を撫でて「行ってくるよ」と声をかけると、布団からのろのろと出てきた手に背広の裾を掴まれた。 ん?と振り返ってみれば、うっすらと目を明けた絳攸がこちらを見上げている。 「なに、どうかしたかい」 「しゅうえい」 「うん?」 「なるべく、……、……」 話している間にも重たそうな瞼は落ちて、口がぱくぱくと金魚のように動く。 かすれた声は言葉として聞こえなかったが、何をいいたいのかは唇の形でだいたい読み取れる。 音にならない言葉を頭の中で反芻して、その内容に頬を綻ばせた楸瑛は、笑顔で一つ頷いた。 「うん、わかった」 寝ぼけ眼で、子供のように裾を掴んで。 なるべくはやくかえってこい―――無音の声は間違いなくそう言っていた。 せっかくの休みを一人で寝て過ごすのはつまらないと思ったのだろうか。 理由はわからないけれど、日ごろ滅多に甘えてくれない分、稀に見せてくれる「本音」にどうしようもなく心が躍る。 「大丈夫、君を待たせることはしないよ」 安心したようにパタンと落ちた手を布団の中に戻して、こみ上げてくる笑みを拳で隠す。 「まったく……普段からこれぐらい甘えてくれると嬉しいのに」 同居していてもすれ違いが多い生活だけに、少しでも時間が取れるのならば、一緒にいたいと思うのは楸瑛も同じだ。 甘えてくれない分、甘えさせてもくれない絳攸だが、せっかく彼から歩み寄ってきてくれたのだから、今夜ぐらいは二人でのんびりまったり過ごしたい。 「行ってきます」 ささやきかけた相手は、すでに寝息を立てている。 いってらっしゃいの言葉はないけれど、応えるように小さく寝言を言った絳攸に微笑を返して、楸瑛はこの日、上機嫌で出勤した。 このころはまだ「リーマン」を意識して書いていたような…。 (2011/01/18 収納) menu |
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