「はい、絳攸。君に贈り物だよ」 その日、楸瑛がよこした箱を開いた絳攸は、中身を確認するなり頬を引きつらせた。 「…これはいったい何の真似だ」 「なにって、いやだなあ。そんなの決まっているじゃないか」 何がそこまで嬉しいのか。同じように箱を覗き込んでいた楸瑛は満面の笑みだ。 剣呑な視線に輝く笑顔で応じた彼は、ひとつ咳払いをするとしたり顔で説明をした。 「いいかい、絳攸。今日は『にゃんにゃんさん』の日だよ」 「はぁ?にゃんにゃんさん?」 聞きなれない呼び名である。 彩雲国においても特別に国の定めた記念日があるが、はたしてそんな奇妙な名称を持つ日があっただろうか。 「記憶にないな。そんな日があったか?」 「え?」 ざっと記憶を辿って問い返すと、一瞬きょとんとした楸瑛は、すぐに面白そうに笑った。 笑われてむっとしている絳攸の肩になだめるように手を置き、壁に貼られた暦に視線を向ける。 「ごめんごめん。君は相変わらず真面目だなぁと思ってね。ああ、そんな怖い顔しないで……、ほら、見てごらん。今日は2月23日だろう?―――だから『にゃんにゃんさん』」 「…なんだそれは」 2がふたつに3がひとつ。その数字に洒落で猫をかけて『にゃんにゃんさん』。 なにかと思えばくだらない語呂あわせだったらしい。 わかったかい?と覗き込んできた男を、絳攸は呆れ半分脱力半分で眺めた。 「まぁ駄洒落の類だね。私も最近はじめて耳にしたんだけど、なかなか楽しい呼び名だろう?」 「まぁ…なごみはするが…」 「うん。―――で、これなんだけど」 肯定を得て嬉しそうに頷いた楸瑛が、ここからが本題というように例の贈り物を取り出す。 目の前に差し出されたそれは、半月形の芯の斜め両側に、ふさふさとした三角形の毛皮がついている。 一見したときから嫌な予感はしていたが、話の流れからして用途は一つしかない。 そして予想通り、楸瑛はこの贈り物を絳攸の頭に着けたいと言い出した。 「君が猫耳をつけているところをどうしても見たいんだよ」 「いやだっ!なんで俺がつけなきゃならんのだっ」 「大丈夫、ぜったい可愛いから!私が保証する」 「そんな保障はいらんっ!」 両手で猫耳を持った楸瑛が、のしかかるようにして迫ってくる。 ぎゃいぎゃいと言い合いながらその腕を下から押し返す形で抵抗を試みるが、悲しいかな。二人の腕力の差は歴然で、じりじりと目の前に迫ってくる猫耳から限界まで頭を逸らした絳攸は、危機感を覚えて唇を噛んだ。 (このままじゃ押し切られる…っ) 普段の楸瑛ならば、本気で抵抗すれば引いてくれるだけの余裕を持ち合わせているのだが、今日はその気配すら感じられない。どうやらよっぽど絳攸の猫耳姿が見たいようだ。 (この情熱を他に向ければいいものを……!) こんなくだらないことに向けていること事態が無駄である。 できることなら説教の一つでもかましてやりたいが、残念ながら抵抗するだけで精一杯でそれどころではない。 忌々しく思いつつも一瞬の隙をついた絳攸は、装着寸前に猫耳を奪い取ると、息を切らしながら楸瑛を睨みつけた。 「あっ」 「そん、な、に、着けた、い……ならっ……!」 そのまま問答無用でその頭に叩きつけるようにして装着する。 「自分でつけろっ!」 「いたっ」 ごつん!といかにも痛そうな音とともに、頭を抱えた楸瑛が蹲る。 ふんっと鼻を鳴らす絳攸とは対照的に、しばらく声にならない呻きを上げていた楸瑛は、よろよろと顔をあげると、涙の滲んだ目で絳攸を見上げた。 「うう…酷いじゃないか、絳攸。なにもそんな力いっぱい叩きつけなくても…」 「!?」 情けなく眉を下げている男の頭には、存在を主張するようにふさふさの猫耳が生えている。 説教する気満々で待ち構えていた絳攸は、しかし目があった瞬間きゅうんと胸が鳴った気がして激しく動揺した。 (な、なんだ、この胸のときめきは…っ!) ときめき。 そう、この感覚はときめきに違いない。 ふいに早くなった動悸に苦しさを覚え胸を抑えていると、不思議そうにこちらを見つめていた楸瑛が口を開いた。 「絳攸?」 「ばっばかっ!そんな目で俺を見るなっ!」 伺うように見上げてくる楸瑛が小首を傾げる。 普段ならなんでもない行為が猫耳効果のためか妙に可愛らしく思え、動揺を募らせた絳攸は勢いよく後ずさった。 頭がかっと熱く感じるのは、頬に血が上ってきたからにちがいない。 熱を持つ頬と比例するように心臓がやかましく騒ぎ始め、挙動不審な様子を訝しんだのか。 再び口を開こうとした楸瑛を、絳攸は慌てて遮った。 「と、とにかく!俺はそんなもの着けないからなっ!」 「あ、ちょっと待って」 呼び止める声も無視して急いで踵を返す。 そのまま脱兎のごとく逃げ出すと、追いかけるようにして楸瑛の声が聞こえてきたが、もちろん足を止めるわけがない。 (いやいやいや、ときめくとか…ありえないだろ、あんな姿に……あまつさえ可愛いとかなんて……っ!そうだ、気の迷い……気の迷いに違いない…っ) 胸のなかで呪文のように繰り返しながら、全力疾走で回廊を走り抜ける。 真っ赤な顔をして怒涛の勢いで走っていく絳攸に、すれ違う官吏が驚いたように視線を送る。 そのまま地の果てまで走っていけそうな勢いで突き進みながら、なんだか新しい自分に目覚めてしまったような気がしたこの日の絳攸だった。 *** 絳攸×楸瑛に見えますが、楸瑛×絳攸です。 楸瑛×絳攸です! <2010/02/23> |
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