ハロウィン

「ハロウィン?」

笑顔の形にくりぬかれたかぼちゃのランタンを不審気に見ながらブラゴが呟いた。
その声があんまりにも訝しげだったので、 ランタンの中に灯す蝋燭を箱から出していたシェリーは思わず笑ってしまった。

「ハロウィンていうのはね、10月末日に催されるお祭のことよ。 魔界にはないのかしら」
「知らん。どんな祭だ」
「そうねぇ…」

それまで忙しく動かしていた手を休め、うーん、と小首を傾げる。
知識を持たない相手に対して未知の事を説明するのは難しい。
ハロウィンとはそもそも死者の国の亡者から子供たちを隠すために始まった行事だと記憶しているが、 起源や祭の理由よりも現在の姿を説明したほうが分かりやすいかもしれない。
手近にあった小ぶりのジャック・オー・ランタンを持ち上げ、

「このランタンを街中に灯して、 夜、色々な姿に仮装した子供たちが家々を回るの。
『お菓子をくれないとイタズラするぞ!』て言いながらね。
で、お菓子を貰うと次の家へ行くの。
仮装した大人達のパレードなんかもあって、それは賑やかなお祭なのよ」
「仮装とは」
「魔女とかお姫様とか。ミイラ男とか映画に出てくるスーパースターとか。それはもう色々ね」

分かったのか分からなかったのか。
ふぅん、と曖昧な返事を返したブラゴは、じっとシェリーを見つめている。
「どうかした?」瞳を瞬かせると、「お前は?」と訊かれた。

「お前も仮装するのか」
「ええ、一応ね。この屋敷にも毎年子供たちがやってくるのよ」

お菓子だって用意してあるわ、笑い、籐の籠いっぱいに入ったキャンディーや チョコレートを掲げてみせる。 するとチラと籠の中身に視線を飛ばしたブラゴは、「なるほど」まだ良くわからないなりにも 納得したような表情で頷いた。

「折角だし、貴方も街に降りてパレードを見学してきたらどうかしら。 きっと楽しいわよ」
「お前は行かないのか」

ブラゴの問いに、ううんと首を振る。

「残念だけど、子供達をお迎えしないと。
それじゃ、仮装の準備があるからそろそろ私は部屋に戻るわね」

本日は10月31日。
ハロウィン当日だ。
完全に太陽が落ちれば、子供たちが扉を叩きにやってくる。
秋の日は短く、すでに辺りはオレンジ色の夕焼けに染まっていた。
小さく肩を竦め、手にしていた籠をテーブルに戻すと、 彼女の一挙一足を見ていたブラゴが興味深げに訊いた。

「お前のはどんな仮装だ」
「後でわかるわ」

飾り付けの準備で慌しく使用人が立ち働く居間に残ったブラゴに手を振り、 自室の扉を開いたシェリーは「それじゃぁね」ウィンクと共に扉を閉めた。


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「Trick or treat!」

甲高い声ではしゃぐ声が今年も聞こえる。

「いらっしゃい」

思い思いの仮装を凝らした子供達に頬笑みながらお菓子を配れば、 豪壮な玄関に気後れしていたその顔も一度に笑顔に変わる。
白い指先から渡されるキャンディーやチョコレートを競うように奪い合って、入れ替わり立ち代り 子供達がやってくる。
男の子達のどこかはにかんだような笑み。
ドレスを見つめる、女の子たちの憧れめいた瞳。
今年のハロウィンも例年通り楽しく、明るく、そしてあっという間に終わってしまった。

「今年も賑やかでしたね」

最後の一人を見送って、ふう、と息をついたシェリーの側に爺が静かに寄り添った。
いつもは黒のスーツにぴしりと身を固めた彼も、今日はまるで御伽噺に 出てくる魔法使いのような長いローブを引きずっている。
つば広の尖り帽子にくねくねと曲がった杖。
自前の白い髭もあいまって、どこから見ても魔法使いのおじいさんだ。
例年趣向を凝らした彼の仮装は、屋敷の者だけでなくお菓子をねだりに来る子供たちにも大好評だ。
去年はたしかドラキュラだったか。
背の高い彼が黒いマントを羽織った姿は中々様になっていた。
上から下までピタリとキメた爺に「爺もお疲れ様」笑顔で労いの言葉をかけつつ、 「爺の仮装、今年もとっても素敵だったわ」褒めると 「お嬢様も大変素敵ですよ」彼はいつもどおりの笑顔で微笑みを返した。

「そういえば、ブラゴは?」
「はて。夕方くらいからお姿をお見かけしておりませんが」
「そう。ひょっとしたら街に下りたのかもね。
パレードがあるのよって言ったから。そのうち戻ってくるでしょう」

ブラゴの帰りを待って街の話を聞きたい気もしたが、 ずっと玄関に詰めっぱなしでさすがに疲れている。
むき出しの肩も夜風に冷えて冷たくなっている。
風邪を引かないうちに部屋に戻ったほうが賢明かもしれない。

「もう休むわ」

背中越しに爺のおやすみなさいの挨拶を聞きながら、シェリーは階段をゆっくりと上っていく。
裾を長く引く衣装はとにかく歩きづらい。
何度も裾を踏みそうになり「来年はもっと裾の短い衣装にしましょう」 独り言を言いつつ自室の扉を開いてみれば、暗い室内をジャック・オー・ランタンから漏れる 橙色の光がボンヤリと照らし出していた。
きっと爺のアイデアに違いない。
ハロウィンらしい演出が心をくすぐる。
なんだか嬉しくなりニコニコしながら扉を閉めたシェリーは、薄暗い室内に一歩踏み出した。

しかしその瞬間、後ろから引っ張られるような 感覚に「わ!」思わず前につんのめる様にして床に手をついた。
振り返ってみれば、ドアに衣装の裾が挟まっている。
扉を閉めた際に挟んでしまったらしい。
長い裾のせいであやうく転ぶところだった。
「もう!絶対来年は短い裾にするわ!」ぶつくさ文句を言いながら裾を引き出していると、

「…何をやってる」
「わ!」

不意に暗がりから呆れた声がし、心臓が飛び出るほど驚いた彼女は二度目の悲鳴を上げた。
バッと身体ごと向き直ってみれば、ソファーに黒い影がある。
誰かは言うまでもない。
ドキドキと煩い心臓を押さえ、はぁ〜と深い息を吐き。
唇を尖らせたシェリーは、腰に手を当てプリプリとした口調で影の名前を読んだ。

「もう!ブラゴったら驚かせないで頂戴」


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「お前が勝手に驚いたんだろうが」

相変わらず可愛くない返事だ。

「こんな薄暗い部屋じゃ、誰かが居てもすぐに気がつくわけないじゃない。
そのうえ貴方の服ってば真っ黒なんだし」

つかつかとソファーに近寄り、ブラゴの隣にドスンと腰を下ろす。
頬を膨らませるシェリーを一瞥し、 ソファーにふんぞり返っていたブラゴはフンと鼻を鳴らした。

「お前が鈍いだけだ」
「そんなことないわよ」

即座に否定するシェリー。
今の状況なら誰でも驚くに違いない。
しかし、ブラゴはさらに首を横に振った。

「いや、ある」
「ない」
「ある」
「ないわよ」
「あるな」
「ないってば!」
「あるだろう」
「なーい!」
「ある」
「ないわよ!!」
「あるな」
「もうっ!」

埒が明かない。
怒りのままにぷいっとそっぽを向くと、プリプリする彼女とは反対に おかしそうに喉を鳴らしたブラゴは、

「土産だ」
「?」

言って、彼女の膝の上にばらばらと何かを落とした。
その中の一粒を摘み上げてランタンの光りにかざしてみれば、 金の包み紙に書かれた文字は「チョコレート」。

「どうしたのこれ?」

目で問うと、

「知らんが、歩いていたら押し付けられた」

もう片方のポケットに手を突っ込んだブラゴは、さらにシェリーの膝に 様々なお菓子の粒を落とした。 本人は良くわかっていないようだが、きっと仮装の子供と間違われたのだろう。
ブラゴの外見では無理もない。
本当のことを知れば「子ども扱いするな」と怒るかもしれないので、 とりあえず真実には口を噤み「ありがとう。頂くわ」ニッコリと笑んで見せると、 シェリーの姿をまじまじと眺めたブラゴに「その格好はなんだ」と訊かれた。

「妖精のお姫様よ。羽がついているの」

ほら、と背中につけた透明の羽を見せる。
大きく背中のあいだ真珠色のドレスから覗く肩甲骨。
そのちょうど真ん中あたりから小振りな蝶のような羽が生えている。
この日のためにと爺が製作させたもので、明るいところで見れば その羽が薄いグリーンだということに気がつくだろう。
長い金の髪はふんわりとシフォンにまとめ、一筋だけ胸元に垂らされている。
膝の辺りから広がったドレスは、先程シェリーが散々文句を言っていたように 長く後ろに引きずるスタイルになっていた。
首をのばして羽を眺め、再度上から下までシェリーの姿を眺めたブラゴは、 しかし彼女の予想に反して怪訝そうな声を出した。

「妖精の姫?」
「繰り返さないでよ。恥ずかしいじゃない」
「…俺はてっきりインデゴかと思った」
「インデゴ?」

聴きなれない言葉だ。
魔界の言葉なのかもしれない。
なぁに、訊けば「魔界の一種族だ」との返事が帰ってきた。

「背中に蝶の羽を持った一族で、見かけは美しいが戦闘的な性格をしている。
自分の一族以外は認めず、敵とあらば容赦なくなぶり殺す。
魔界には様々な種族がいるが、なかでも特に陰険で凶暴な奴らだ」
「……もっとロマンチックな仮装なんだけど」

ブラゴが変な顔をするわけだ。
ガックリと肩を落としたシェリーの唇から、深〜い失望のため息が毀れ落ちる。
夢も希望もないとはこのことだろう。
子供たちは口々に「キレイ!」と言ってくれたというのに。
最初からブラゴの口から褒め言葉が出てくることを期待していたわけではない。
が、いくらなんでもそんな感想が返ってくるとは予想してなかった。
さすが魔界育ち。
感覚が全く違う。

「今夜の仮装はね。妖精のお姫様が住むお城っていうコンセプトなの。
私が仮装した妖精は決してそんな陰惨な種族じゃないのよ」

「決して」の部分に特に力を込めてブラゴを見れば、意外や「そうだな」と彼は頷いた。

「みかけは似ているが、やはり違う。お前のほうがよっぽどキレイだ」
「へ?」

なんだか信じられない言葉を聞いた気がする。
ぽかんと口を開いたシェリーをもう一度まじまじと眺めて、ブラゴは言った。

「なかなか似合っている」
「………あ…ありがとう…」

絶対に言わないだろうと想像していた台詞を 何の衒いもなく真顔で言われると、言葉を貰ったこちらが恥ずかしい。 かぁっと頬に血が上り、真っ赤になった顔を両手で挟み込むようにした シェリーは小さな声でお礼を言った。

ブラゴに褒められたのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。
しかも外見を褒められるとは思ってもみなかった。
「もしやブラゴって意外とストレートなタイプなのかしら」
内心思いつつ、ブラゴの視線を感じてさらに頬が熱くなる。
今まで数多くの異性から様々な褒め言葉を貰ってきたが、 彼らの勿体つけたそれよりもブラゴの率直な一言は何倍もシェリーの心に響いた。

「あ、えーと…そうだ。これ、頂いてもいいかしら」

注がれる視線から逃げるように、シェリーはそそくさと膝の一粒を摘み上げる。 慣れない言葉を貰ったせいか、そわそわとして落ち着かない。
ブラゴの返事も待たずに包み紙を開け口に入れると、チョコレート特有の カカオの香ばしい香りとコクのある甘みが同時に広がり、ほっと肩の力が抜けた。

「貴方もひとつどう?」
「ああ」

ブラゴの指がシェリーの膝から無造作に一粒さらっていく。
がさがさと封を開け、ぽいっと口に入れてもごもごと口を動かしているブラゴを見ながら、 ようやく顔から血が引いてきたシェリーはほっと胸をなでおろす。
室内が暗くてよかった。
きっとブラゴはシェリーの頬のほてりには気がついていないだろう。

気が落ち着いたところで改めて膝の上の菓子を見てみると、じつに様々な 種類があることに気が付いた。
チョコレートに、パンプキンキャラメル。
髑髏マークのついた飴に、チョコバー。他にも大小様々な菓子が小山となっている。
どれこれも、シェリーにはほとんど口にしたことがないものばかりだ。

今でこそハロウィンに参加しているものの、幼い頃のシェリーには参加することが許されなかった。
厳しいレッスンのノルマ。
それは祭の日であっても平日と変わりなく彼女に課せられ、 全てこなせなければ寝る時間すら与えられない。
外がいくら賑やかであろうと、どれほどランタンが微笑みかけてくれようと、 幼い日のシェリーにとってハロウィンは屋敷の窓からレッスンの合間に 眺めるだけのお祭だった。

「シェリー」

名を呼ばれてはっと我に返る。
昔を思い出しているうちに、記憶の中を旅していたようだ。
「どうかしたか」と問いたげな赤い瞳を見詰めかえし、「なんでもないの」と首を振る。
髑髏マークの包み紙を開き真っ黒なキャンディーをほおばると、どこかで飲んだことの有る味がした。
プチプチと気泡が舌の上で弾ける。
「コーラね」舌をくすぐる感触にくすくす笑いながら、シェリーは髑髏の包み紙に視線を落とした。

「昔ね。家庭教師の先生が教えてくださったんだけど」

前置きしブラゴを見ると、丁度シェリーの膝から取った新しい一粒を口に入れたところだった。

「ハロウィンって、元々は死者の国の亡者から子供たちを隠すために始まったお祭なんですって。 10月の最後の日、蘇った死者が子供を攫っていかないように、お化けと同じ格好にさせたの。 そうすれば、彼らは子供たちを自分と同じ仲間だと思うでしょう?
彼らの目をごまかそうと思ったのね」

髑髏の包み紙へと視線を戻したシェリーはゆっくりとした口調で続ける。

「私は小さい頃、ハロウィンに参加したことがなかったわ。
だからその話を聞いたとき、私はいつかきっと亡者に連れて行かれるんだって、すごく怖くなったの。 誰も私を隠してくれない。ランタンの微笑みすら怖かった」

今は大好きだけど、ふふと微笑みランタンを見る。
くりぬかれた目と口の向こうで明るく燃える蝋燭が、答えるように大きく揺れた。

「今思えば、心のどこかで連れて行って欲しいと思っていたのかもしれないわ。
あの頃は辛くて、励ましあいながらも、でもやっぱり辛くって。
逃げたいっていう気持ちがなかったわけじゃないもの」
「……今はどうだ?」

それまで黙って聞いていたブラゴが静かに口を挟んだ。
シェリーの瞳がブラゴを捉える。
そして、ゆっくりと首を横に振った。

「今は逃げたいとは思わない。逃げるためにそこに行こうとは思わない。
私が行きたいと思った時、また行かなくてはならなくなった時に行くわ」
「お前らしいな」
「そう?それって勿論褒め言葉よね」

くすくす笑うシェリー。
つられたようにブラゴも口角を上げる。
「食え」差し出された一粒はパンプキンキャラメルだ。
受け取り、開いて口に含む。
化学調味料独特の嘘臭いかぼちゃの味がした。

「―――いつか」

ころころと口の中でキャラメルと転がしていると、食べ終えた包み紙を指先でいじくり ながらブラゴがさりげない口調で呟いた。
シェリーはゆっくりとブラゴに顔を向ける。

「行きたくなったら俺を呼べ」
「…今ここに居るわ」
「今の話じゃない」

暗に、この戦いが終わったら、と言っているのだ。
彼が魔界に帰ったらの話だと。

「行きたくならないかも」
「話の腰を折るな」

むっとしたらしく、包み紙に落とされていた瞳が彼女を睨んだ。
ごめんなさい、小さく首を竦めると、眉間の皺を消したブラゴは言った。

「行きたくなったなら、俺が連れてってやろう」
「死者の国にってこと?」
「いや」

首を振るブラゴ。

「死者の国は俺もごめんだ。行くのは、そこよりはまだ幾分マシな世界だ」
「……それは?」
「魔界だ」

赤い瞳がシェリーを捉えた。
シェリーも、青い瞳でブラゴを見つめる。
薄暗い室内を照らしている蝋燭の芯が、静りかえった空気の中ジリと燃えた。

「……いつかね?」

先に口を開いたのはシェリーだった。
ブラゴに視線を注いだまま、囁くような声で問う。

「いつかだ」
「今じゃなくて」
「今じゃない」
「呼べば来てくれるの?」
「仕方ないから来てやろう」
「……偉そうねぇ」
「悪いか」

同時に頬をゆるめ、シェリーはくすくすと、ブラゴはくっくと喉を鳴らす。
一頻笑って顔を上げたシェリーは、「約束するわ」コクリと小さく頷いた。

「行きたくなったら貴方を呼ぶわ」
「呼ばれたら来てやろう」

「約束だ」ブラゴが鼻を鳴らす。
やっぱり偉そうだわ、思いはしたものの言葉にはせず、 シェリーはもう一度、今度は大きく頷いた。


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ハロウィン。
亡者の蘇る日。
大人たちは子供を変装させ、彼らの目から子供を隠す。

隠されなかった子供はどうなるのだろうか。
亡者に連れ去られる?
連れらされた使者の国はどんな世界?
小さい頃に恐れていた亡者は、どんな姿をしているのだろう?

シェリーは思う。

きっと。
私を連れ去るのは亡者ではなくて。

きっと。
ある時突然目の前に現れた、あの異界の魔物なのだろうと。

予感がする。
私はいつか彼を呼ぶだろう。

予感がする。
彼は必ず私を迎えに来るだろう。

魔物に連れ去られた国はどんな世界?

「楽しみなような、怖いような…」

一人になった部屋で、 「貴方なら知っているかしら?」ジャック・オー・ランタンの笑顔に向かって小さく頬笑む。
いつか行くことになるだろう世界。
その景色を胸の中で思い描きながら、 シェリーはハロウィンの最後の灯火をそっと吹き消した。




インデゴというのは管理人の捏造です。
実際にはそんな魔物はいません。
ハロウィンは飾り付けが見ていて楽しいので大好きです(*^_^*)
黒とオレンジって可愛いですよねv



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